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マルクス・ガブリエルの新刊『世界史の針が巻き戻るとき』を読んで

「新しい実在論」を提唱した気鋭の哲学者マルクス・ガブリエルの『世界史の針が巻き戻るとき』を読んだので、その要約と簡単な感想を書いていきます。

本の要約

・21世紀に起こりつつある世界の危機には「価値の危機」「民主主義の危機」「資本主義の危機」「テクノロジーの危機」「表象の危機」の5つがある。

・中でも「表象の危機」は、他の4つの危機の根底に横たわる重要な問題であり、すべてをここに集約することができる。

・表象の危機は、人々が芸術やデザイン、その他すべての表象とを混同させてしまうことで起こってしまう。つまり、「すべての表象は芸術的だと捉えてしまうこと」が表象の危機を招いている。

・アメリカでは、あらゆる物事がファサード(見せかけ)のようになっている。例えば、それはAさんが(人生そのものではなく)「人生のイメージ」を謳歌するようになることである。Aさんは、実際の自分の人生を謳歌しているかを二の次としてしまっている。

フックセンテンス

神は死んだ。近代という「壮大な約束」も死んだ。こうした「死」を経た我々は、錨を失って漂う船のようになってしまったと言える。

「はじめに」p.4

「神は死んだ」はニーチェの言葉として有名です。また、「近代という壮大な約束」という言葉は人文学系の読者に馴染み深いものかもしれません。重要な点は、いずれも「死」を経ているということです。

ここで死んだとされているものを「意味」として解釈するのであれば、「意味が死んだ世界で我々はどのように生きていくべきなのか」と問いを立てることもできるでしょう。「神は死んだ」とはすべてが無価値したという意味と題して、分かりやすく紹介しているWebサイトもありました。

「表象の危機」を日常生活に落とし込む

マルクス・ガブリエルが指摘したすべての危機の根底には「表象の危機」が横たわっているといいます。そのことについて日常生活に落とし込んでみました。

「表象」はわたしたちが外的な何かに対して持つ「イメージ」として解釈することができます。例えば、東京に住むわたしたちがハワイに抱くイメージにはどんなものがあるでしょうか。「南国」「楽園」「悲しい過去」様々なイメージがあるでしょう。

そうしたイメージの数々がどのようにして形成されるのかを考えてみた時、表象の問題は意外にも根が深いことを知ります。「なぜ」そのようにイメージするのかを突き詰めてみると、わたしたちがイメージの根拠としているものは、本やSNSといった「メディア」であることが多いはずです。

実際に自分の目で対象を見ていないのに、わたしたちは何かを語ったりすることがあります。それはコミュニケーションにおいて避けられないことでもありますが、同時に事実と異なっている可能性も残してしまうのです。

マルクス・ガブリエルはわたしたちにその表象の「質」を問うているのではないでしょうか。完全に正確な表象(イメージ)は存在しないのかもしれませんが、なるべく事実に近い形で対象は表象(イメージ)されるべきだと彼は言いたいのかもしれません。

我々は昔から、人間の理性(rationality)を良きコンセプトとしてきました。人間の理性こそ、重要視されるべきことです。しかし現代では、これが無視されてしまっています。・・・(中略)・・・ 人々は、何がフェイクで何がフェイクでないかを見極めるために対話を重ねるのではなく、何が真実であるかなんて重要ではないのだから基本的にはすべてがフェイクだと思え、という考え方で話をしています。

でも実際は、何が真実であるかということは重要です。

「重要なのは、正しいか否か」『第2章 なぜ今、新しい実在論なのか』p.59

まとめ

『世界史の針が巻き戻るとき』には様々な危機が書かれています。今回感想として書いた「表象の危機」はその1つに過ぎません。

マルクス・ガブリエルはそのほかにも「世界はなぜ存在しないのか」や「意味の場」といった言葉を使って、新しい実在論の有用性を説明しています。

哲学に疎い僕にとって「新しい実在論」の価値を正しく知ることはできませんが、「表象の危機」は普段SNSを使って生活をしているわたしたちに重要な示唆を与えてくれるはずです。

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